【代表メッセージ】「伝わる」の正体。企画書を投げつけられた日から24年、英語が万年赤点のバックパッカーが「セブ島留学」を流行らせられた理由

  1. 【代表メッセージ】「伝わる」の正体。企画書を投げつけられた日から24年、英語が万年赤点のバックパッカーが「セブ島留学」を流行らせられた理由

1. 逃げるように日本を出た『でぃす、イズ、あ、ペン』で時計が止まっている人のサバイバル

はじめまして!2002年に日本で初めて「フィリピン・セブ留学」を世に広め、24年間この業界を見てきた宮村昭生(あっきー)です。

正直に言います。私にはこれといった立派な学歴はありません。中学の授業では文法の説明がチンプンカンプンで、テストはいつも赤点。高校卒業の時なんて、先生が「筆記体で名前を書いたら10点あげる」という特別なお情けの追試を作ってくれて、なんとか卒業できたレベルでした。私がかつて「英語に関してミラクルアホぉ」だったことは間違いありません。

そのまま日本にいたら、就職先はガソリンスタンドかマクドナルドくらいしかなかった。そんな強烈な劣等感を抱えたまま、私は逃げるように海外へ飛び出しました。

「えーい!」と勢いでアメリカに行ったものの、当然英語は全くできません。行きの飛行機でジュースを頼むのにポケット辞書で「プリーズ」の綴りを必死に調べ、アメリカの路上では道を聞こうとして「Where is here?(どこ? 聞く?)」とパニックになり、恥ずかしくて言葉を飲み込みました。

でも、そこで私は気づいたんです。 「なんだ、正しい英語ができなくても、ジェスチャーと気合い(パフォーマンス)があれば生きていけるんだ!」と。

そこから北米、オセアニア、東南アジア、ヨーロッパ、アフリカと、片言の単語と全身のパフォーマンスだけで世界を巡りました。

2. カンボジアの1ドル宿から、奇跡の「セブ島」へ

サバイバル生活の中で、ケニアのナイロビではフランス人の友人に出会い、「自転車サファリ」や「サバンナ・青空ディスコ」で踊り明かすなど、信じられないような経験を共にしました。

しかし同時に、強烈な「もどかしさ」も感じるようになったんです。 「もっと彼らと深く話せたらどんなに楽しいだろう?」「お世話になった人に、心から感謝の言葉を伝えられたらどんなに嬉しいだろう?」

人と人の交流は気合いが一番大切です。でも、その心をさらに深く繋ぎ合わせるための「ツール」として、やっぱり最低限の言語(英語)は必要なんだと痛感しました。

帰国後、私は中学の参考書から勉強をやり直し、実践の場を求めてカンボジアへ向かいました。当時のカンボジアは1泊1ドル。おそらく私が「カンボジア初の英語留学生」だったと思います(笑)。 その後、「英語をマンツーマンで安く学べる場所」を徹底的に探し求め……ついにたどり着いたのが、フィリピンのセブ島だったんです。

そこで出会ったのが、セブ島初の語学学校「CPILS」でした。当時、セブ全体で英語留学をしている日本人は、たったの「40人」。 フィリピン式のマンツーマンレッスンを受け、一歩外に出れば街の人がみんな英語を話す。「今までの私の日本の英語学習はなんだったんだ!」と思うほど、みるみる英語が口から飛び出すようになっていった、あの時の感動は今でも細胞が覚えています。

3. 「誰がフィリピン人から学ぶんだよ!」投げつけられた企画書

「この感動を日本の若者に伝えたい! 英語は単なるツールだ。早く基本を身につけて、あとは泥臭く実践するのみだ!」 そう確信した私は、2002年、日本に帰国してフィリピン留学の普及活動を始めました。

しかし、ここからが本当に大変でした。当時の日本には「英語=白人のネイティブから教わるもの」という強烈な偏見があったのです。

ある大手の留学エージェント(ISS)に売り込みに行った時のことです。私の話を聞いた担当者は鼻で笑い、私の目の前で企画書を机に投げつけました。 「は? 誰がフィリピン人から英語を学びたいと思うんだよ」

本当に悔しかった。 当時の日本人は「テストで100点を取るための英語教育」に毒され、英語を「かっこよく着飾るためのファッション」として扱っていました。発音や文法の綺麗さばかりを気にして、相手に伝える心(パフォーマンス)を完全に忘れていたのです。

でも、私は絶対に諦めませんでした。実際にセブに来てくれた留学生たちから生の体験レポートを集め、「セブで初めて口から英語が出た!」「フィリピン人の発音に文句を言う前に自分の下手さを嘆け!」という彼らの魂の叫びをネットで発表し続けました。 それが少しずつ日本の「ファッション英語への偏見」を打ち壊し、今ではセブ島が日本中で当たり前の選択肢になったのです。

4. 24年の現場で気づいた「伝わる」の本当の正体

学歴もなく、赤点だらけで、逃げるように日本を出た私。 そんな私が、24年間この泥臭い道を切り拓き、留学生の涙と笑顔を見てきた中で、確信した「ひとつの真実」があります。

私たちが誰かと会話をする時、言葉によって伝わる意味は全体のわずか3割。残りの「70%」は、表情、視線、身振り手振り、声のトーンといった「パフォーマンス」によって運ばれています。

私たちはつい「正しい英語」を操ることに囚われがちですが、相手の心に届くメッセージの大半は、その人が発する熱量によって形作られているのです。

細かい発音のミスや文法を気にするよりも、英語特有の「リズムよく、堂々と話す」というパフォーマンスを磨くほうが、圧倒的に「通じる英語」になります。 言葉が詰まったら、ジェスチャーで笑いに変える。分からないことを「分からない」と堂々と言える。それはもはや、語学力という表面的なスキルの問題ではありません。不完全な状況下で「自分をどう演出して、その場をどう乗りこなすか」という、その人の人生の地力が試されているのです。

完璧な文法で冷淡に話す人より、ひどい訛りでも「あなたと分かり合いたい」という全身のパフォーマンスで語る人の方が、結果として豊かな人間関係を築くことができます。

5. 頼れる渋いおじさんとして、あなたに伝えたいこと

結局のところ、英語という未知の言語を学ぶという行為は、「不完全な自分をさらけ出し、それでもパフォーマンスを止めない」という、極めて泥臭くて人間らしい生き方のトレーニングに他なりません。

恥をかき、言葉に詰まりながらも、目の前の人と分かり合おうとする。 それは語学の習得という枠を超えた、「自分を信じる練習」なのです。

だから、あなたに伝えたい。 「自分には無理かも」「間違えたら恥ずかしい」なんて、絶対に思わないでください。

あなたがセブ島で「英語が話せるようになった感動」を味わえるよう、24年間現場を見てきた私が、「頼れる渋いおじさん」として全力でサポートさせていただきます。

さあ、あなたのセブ留学の夢、どんな小さな不安でも構いません。まずは私に聞かせてくれませんか?

Back to top