1. 【準備の失敗】行けばなんとかなる……ではありませんでした
これは私の経験ですが、以前私は全くスペイン語が話せない状態で南米へ行き、現地の学校で語学を習得した経験があります。日本語が一切通じない環境下でスペイン語を習うのは大変でしたが、1週間ほどで周囲の人間が驚くほど私の語学は上達しました。
この経験から、私には「英語を学ぶなら英語で。変に日本語を混ぜないほうがいい」という思い込みがありました。
何より私を安心させていたのは、息子たちが日本では、それなりに英語ができていたという事実です。先生の問いかけに答え、単語を理解し動く姿を見て「現地でも大丈夫だろう」と思っていました。
しかし、それが大きな誤算でした。「日本語のサポートがある環境で英語を学ぶ」のと「英語そのものを使って英語を学ぶ」のは、全くの別物だったのです。
初めて浴びる本物の英語のシャワーに、子どもたちは耐えきれませんでした。
その結果、次男は全てを拒否し、長男は「伝えたいことがあるのに、自分の気持ちを先生に伝えられない」というジレンマに苦しみました。
この時、私の親子留学での後悔が始まりました。
親の私は「子ども向けの英語辞書くらい用意すればよかった」「最低限のフレーズくらいは教えておけばよかった」と、準備不足を嘆きました。
「〇〇って何て言うの?」「〇〇ってどう伝えたらいいの?」と次々に質問してくる長男を見ていると、自分の気持ちから入って、伝えたいことを逆引きできる『旅の指さし会話帳』のようなものが必要だったと気付きました。
でも、それより何より一番後悔したのは、「大きいAと小さいaの区別くらいは完璧に分かるようにしておくべきだった」ということです。
誰でもできる簡単なこと。でも、それさえ英語オンリー、マンツーマンの環境下で行うのは大変で、大人が想像している以上に子どもには負担でした。8歳の長男でさえ混乱する姿を見て、私もショックでした。
でも、そもそも教え方、発音の仕方が違うのですから、当然なのかもしれません。
2. 【認識の失敗】「マンツーマン=最強」という思い込み
初めに断っておくと、マンツーマンレッスンは素晴らしい授業です。「分かったフリ」ができず、とことん英語と向き合えるこのシステムは、真剣に勉強したい大人には最強の選択。
私自身、22年前にセブ留学をしているので、その良さには確信がありました。真剣に勉強したいのなら「埋もれる」大人数クラスより一対一が絶対におすすめ。でも、子どもの場合は少し違いました。
まず子どもにとって(特に未就学児にとって)、狭い教室で知らない大人と45分向き合うことは、かなりのプレッシャーと恐怖を与えました。私の感覚として、これは年齢が低いほど巨大になるように感じます。
また、学校のマンツーマンクラスは教室がコンパクトにできています。この狭さもまた、子どもの恐怖心を増長させました。
これからセブ親子留学を検討する方に、失敗談として伝えたい対策があります。
学ぶ場所が変わると、気持ちが変わります。
それは学ぶ場所(教室)を変えることです。私たちが滞在していたIUでは、望めばプールサイドや校庭で授業を受けることができました。先生から「場所を変える?」と提案を受けることもありました。
教室では黙り込む子どもが、プールサイドでは笑っていました。その姿を見ていると、初めのうちは開放的な空間でリラックスしながら、先生や先生の話す英語に慣れるのが良いのだろうなと感じました。
3.【最大のミス】「伝えるべきこと」を伝えきれなかった
私が犯した最大のミスは、伝えるべきことを伝えず、学校に判断を委ねてしまったことです。
実は、学校も先生も親の私も、日本人の子どもの英語力の低さを本当の意味では理解していませんでした。
私の子どもたちは、日本の一般的な英語教育を受けています。日本では、そこそこ優秀でした。にも関わらず、語学学校が用意している「一番低いレベル」のカリキュラムにさえ届いていませんでした。
これは学校や先生の落ち度というより「日本語の補助がある環境で学ぶ英語」と「英語だけで英語を学ぶ環境」との間にある、想像以上の断絶が原因だったのだと思います。
最初の難関は、クラス分けの英語のテストでした。
配られたペーパーテストは、もちろん英語。テストの説明をする先生も英語。子どもたちは固まっていました。
同席していた私も固まりました。「こんな難しいのムリだ」。先生にテストのレベルが高すぎることを説明し方法を変えてもらいました。
次の難関は授業内容でした。
テストの結果、子どもは2人とも一番下のレベルの授業を受けることになりました。ですが、それさえ「難しかった」のです。
一番簡単な教科書を貰っているのに、分からない。
中途半端に英語が分かる長男のやる気は完全に削がれていました。
親の目から見ても「英語でコレを学ぶのは厳しいだろうな」という授業もありました。日本人の英語のレベルの低さを思い知りましたし、そもそもカリキュラムが異なっていて日本基準は通じませんでした。
気付いた段階で、学校にはすぐ授業内容や教科書の変更を依頼しました。
「英語で算数」「英語で科学」魅力的な授業はたくさんありましたが、授業内容もリスニングやスピーキング中心の基礎的なものに変えてもらいました。
ここでは、かなり正直に伝えました。「教科書は使わなくてもいいです」「一番優しいレベルでも難しい」「もっと簡単な、初級の手前のレベルで大丈夫です」と。
本当は初回のテストの前後、クラスが決まる前に学校に伝えておくべきことでした。
5歳の次男に関してはさらに問題が根深くありました。
彼は英語で話しかけられていることにさえ気づかなかったのです。
これは発達や性格の問題ではなく、初めて英語だけの環境に突然置かれたことによる、一時的な混乱でした。
次男が先生をムシした驚愕の理由
どれだけ先生が話しかけても、英語が分かっていない次男にとっては、ただの「音」。
だから先生の質問を無視してしまうのです。
そして、先生はそれを「恥ずかしいから黙っているんだ」と勘違いしていました。
親の私でさえ、そういう状況だと気付くのに1週間かかりました。先生にそれを指摘した時の顔は…正直、忘れられません。
「プロに任せておけば大丈夫」ではなく、親である私がもっと早く「この子は先生の言葉を無視しているのではなく、自分への言葉だと気付いていない」と先生に伝えるべきでした。
親からの具体的な情報共有があって、初めて適切な対応ができたのだと思います
その助言をしてからは先生の子どもに対する対応は変わりました。
先生は質問するとき必ず子どもの体のどこかを触り「あなたに質問しているよ」と肌感覚で分かるようにしてくれたのです。
足をツンツンされた次男は、自然と先生の方を向きます。そうして少しずつ授業は授業の形として成り立つようになりました。
親が子どものリアルを学校や先生に正確に伝える。これは不要な介入ではなく、必要な介入でした。
「口出ししてはいけない」私も含め日本人はそういう傾向が強いように思います。でも、黙っているだけではダメな場合もあると痛感した出来事でした。
4. 【クラスの失敗】盛大な誤算「親はリラックス」なんてできない
今回の親子留学で、親である私は英語の授業を受けませんでした。子どもたちが授業を受けている間は、リモートで仕事をしたり、リラックスしたりする時間に当てようと考えていたからです。
結果として、この決断が後々の私を救いました。なぜならセブ留学最初の1週間、私は子どもたちにつきっきりで、全く身動きがとれなかったからです。
特に次男の取り乱しようは想定外でした。
1歳から保育園に通っている次男は集団生活の経験も長く、様々な環境に順応してきました。だからこそ「授業が嫌だ」と言って私から離れなくなった姿には、親の私が一番驚きました。子どもが脚にしがみついて離れない。そんな経験、日本ではしたことがなかったからです。
初日に「大丈夫、こういうのは初日だけ。明日はOKになるよ」と自信たっぷりにウインクしてくれた先生でさえ、2日目には「この子は他の子と違う。明日はママに同席してもらいたい」と言ってくる始末でした。
子どもを抱っこして一緒に授業を受けたり、子どもが馴染むまで同席したり、半ば強引に扉を閉めたり……。初日から最初の5日間は、怒涛の日々でした。
ネットに書いているような「子どもは授業、ママは買い物」なんて夢のまた夢のお話です。私は授業を受けない選択肢をしていたので、子どもの対応に専念できましたが、もし自分の授業を入れていたら……と思うとゾッとします。
実際、親も子も授業をとっていたお母さんからは「自分の授業に全く出席できない。キャンセルばかりよ」という嘆きも聞きました。
5. 【生活の失敗】見通しが甘かった買い出しの現実
先述した通り、私たちの親子留学は「子どもが私から離れない」という不測の事態によって、予定がかなり狂いました。日本にいる時よりも子どもと一緒にいる時間は確実に長くなっていました。時には、子どもと一緒に私も授業を受けることさえあります。
一日の授業が終わる頃には、子どもも私もクタクタ。外出は夢のまた夢でした。
私は「現地で買えばいいや」という理由から、シャンプーやボディソープ、歯磨き粉などの生活必需品を最低限しか用意していませんでした。
セブには何でもそろうショッピングモールがいくつも建っていてます。タクシーを使えばすぐ。それなのに私は最初の一週間、必要な物すら買えない状況に追い込まれていました。
限りあるシャンプーを子どもたちとシェアしながら「いつ新しいのを買いに行けるんだろう」という不安にかられたのは準備を怠ったがゆえのことでした。
生活面での失敗談から伝えたい教訓は、「現地ですぐ買えるから大丈夫!という発想は、一度捨てたほうがいい」。それが、実体験から得た教訓です。